2017年03月19日

ラブライブ!サンシャイン!! Aqours First LoveLive! 〜Step! ZERO to ONE〜 を見てきたよ


両日ともライブビューイング。
そうです。
μ'sが光の中に去った後、完全なおじいちゃん目線になってしまった私は、BDさえ購入せず、最初から「まあLVでいいよなー」みたいなことを考えていて、結局そのとおりになったし、それでいいと思っていました。

なにせ、Aqoursのこのライブの成功は約束されていたからです。

「いや、それは違う」と言う声はあるでしょうが、それは中からμ'sと比較してみて、という前提の話です。普通に世に溢れているオタクコンテンツの中では間違いなく、Aquorsは成功が保証されているのです。

無論、キャストは日々の仕事に加えた上でハードなトレーニングや数多のイベントをこなし、その中で不安を感じることも多いと思います。
それでも、ファンは必ず優しいし、そしてその母数は最初からとてつもない多さでした。

1stライブとはいえ、そこに至るまでさまざまなイベントで小さなステージを積み上げているAqours。そういったことを考えればこれは「初めてのライブ」ではないし、そこから見てきたファン達もいる。ただ単にライブを初めて見る客が多い、初めての大規模会場ライブと言うほうが正しいです。そこでどう「初めて」感を出すんだろう、という点のほうに個人的な興味はありました。

そう、一日目のライブが始まるまでは……。

僕は無意識のうちに思い込んでいたのです。Aqoursが望まれていることは、かつての「みんなで叶える物語」の追体験であり、このライブはあの横浜Blitzにあったような「つたなさ」の再現であり、新しいユーザーにそれを体験させる儀式であり、それこそをユーザーが望んでいるのだと。ちらりちらりとμ'sの映像が出るたびに声をあげ感極まるような俺達にはそれがお似合いなのだと。

とんでもなかった。

μ'sが切り開いた場所に新たに現れた9人は、それぞれのスペシャリティで切り開かれた場所を馴らし、活用し、自分の形に変えてしまう、恐るべき集団でした。切り開くために使われていたリソースがもう必要ないからこそ、そのパワーを全て自分達のためだけに使うことが出来る。

あのライブを見て、もうAqoursの中にμ'sを求める者など誰もいないでしょう。これがAqoursだ、お前達が今見ているのはAqoursなのだと、彼女達は全身で語ったのです。

そのショウの内容を語るのにはやはり何が起きたのかを時系列で追うのが良いのかもしれませんが、今回はそれぞれの演目に、メンバーそれぞれのスペシャリティが光ったライブだと思います。
なのでメンバーに個別に触れることで、このAqoursというとてつもない集団の魅力の表現に代えられれば幸いです。


・伊波杏樹さん(高海千歌役)

イケメン……!!!!!!!
舞台の方面からやって来た人、というのは聞いていたんですが、これほどに全ての能力が高い平均値で詰まったトータルファイターだとは思わなかった……。
最もそれを感じたのは、MIRAI TICKETの直前にあった、アニメの完全再現パート。あの冒頭、一人で出てくる千歌ちゃんのポーズは何気に難度が高いと思うんですが、あの道化のポーズで全てを悟りました。この人の本領は「ここ」だったんだと。「輝きたい!」と叫ぶその姿は、LVのスクリーン越しでも、生の演技の迫力を伝えるのに充分すぎるものがありました。空気が震えてたよ。
そしてステージ中絶えることのないリーダー力、そして一日目ラスト、センターステージまん前でぴょんぴょんと飛び跳ねる無尽蔵の体力!あの瞬間、LVの会場でさえ「マジかよ……」というどよめきが漏れてました。
千歌ちゃん、とんでもない女神様降りてきたもんだなぁ……。

・斉藤朱夏さん(渡辺曜役)

なんでもできるのでちょっと見えにくかったりするんですが、曜ちゃんはAqoursの中でも屈指のオコチャマ。そのオコチャマがあのステージの上に解き放たれたらどうなるのか。それを体現したのが斉藤さんでした。
ステータスはダンス特化型。「夜空はなんでも知ってるの」のクライマックス、センターステージで舞う姿に目が釘付けにならないほうがおかしいですね。
その動きでの表現力に演技がつくと、MIRAI TICKETの寸劇であった、「千歌ちゃん、やめる?」になるのだなと痛感しました。あの囁きは悪魔の囁きすぎる……。
最後の花道単独ダッシュも曜ちゃんっぽくていいですね。

・降幡愛さん(黒澤ルビィ役)

ちいさなルビィちゃんの元に舞い降りたのは、ルビィちゃんよりもちいさくてやさしい女神様でした。……と思ったら、この人絶対に「扇の要」ですよね……。ステージを後ろから見渡している感じがして、リーダーとしての伊波さんのバックアップとして機能するのはこの人じゃないでしょうか。
「好き」という気持ちだけで一歩一歩前に進む控えめなルビィちゃんのハンドリングはとても大変だとは思うのですが、この先この小さい赤い花がどう大輪を咲かせるのか、楽しみです。
あとちょっと中村先生に似てると思った。

・小林愛香さん(津島善子役)

Aqours歌の要三人衆の一人。
ストロベリートラッパーのような、世界観と歌声の親和性は、Aqoursナンバーの中でもトップクラス!
善子の魅力はヨハネ、善子、よしこの低中高三種を自然に行ったり来たりしても根っこが崩れない、という所だと思うんですが、いつの間にかそこを誰よりも自然に行き来しているという……。
あと、きっとこの人ヨハネとAqoursのメンバーのこと死ぬほど好きですよね?

・高槻かなこさん(国木田花丸)

Aqours歌の要三人衆の二人目。
「上手くてカラーも強い」という、なかなか歌特化型の人が声優側にきた中ではかなり珍しいタイプ。おそらくは「ガチボーカリスト」とはちょっと違う(けどきちんと歌える)路線からやってきたことが影響しているのかもしれないななんて思ったりしてます。
とはいえ歌は本物で、AZALEAの歌に芯を形作っているのは間違いなく花丸ちゃんです。

・諏訪ななかさん(松浦果南役)

Aqoursの中できらりと光るクールビューティー。ステージでも変わらない悠然とした微笑みと佇まいはまさに果南。Aqoursの中ではパラメーターとキャリアが声優さん寄りなのですが、そういったところで場数を踏んできた彼女がこの佇まいでこのポジションにいてくれるというのはかなりありがたい気がします。
μ'sよりもaqoursが音楽的にかなりシンセポップに寄っている中で、AZALEAは特にその方向性が顕著です。言ってみればAqoursの中のPerfume。小宮さんと諏訪さんがその雰囲気を作り、高槻さんが声に芯を与えるという三角形でAZALEAは成り立っている気がしました。
あと二日目ラスト、花道を鈴木さんと手をつないで歩いてくる姿を目にして、どうしてけっこんしないんだとおもいました。

・小宮有紗さん(黒澤ダイヤ役)

美神降臨!これが人前に立つということだッ!
ニチアサをこなし、YAのグラビアもやってのける小宮さんは「自身が見られる」ことによる能力はまさに他のメンバーの追随を許さないところがあります。AZALEAでのあの衣装を小宮さん並に着こなせるメンバーが果たしてAqoursにいるでしょうか。
MIRAI TICKETの寸劇でも、凛と立ち顎を引いて前を見据えるその様は、地元の顔役の娘として育てられた黒澤ダイヤの持つ厳しさそのもの。あの寸劇での立ち姿一つとっても、あのフィールドで伊波さんと並んでパフォーマンスを発揮できることを如実に示しています。
ちなみに伊波さんと小宮さんがいることで、サンシャインは「舞台」があり得るんじゃないかなーとか思ってるんですが、これは気のせいでしょうか……。

・鈴木愛奈さん(小原鞠莉役)

Aqours歌の要三人衆、最後の一人。
歌出身てありながらある意味一番「イマドキの声優さん」っぽい人だと思ってます。
民謡で鍛えた賜物なのか、とにかく最後までピッチがよれない。
「オラ、歌うとちょっとすごいんです」の花丸ちゃん、声そのものが小林さん本来の状態に近いヨハネときて、鈴木さんはマリーのそばに自分を寄せるタイプ。
MCのときの声からすると、本来のレンジはもう少し低めの成分が多く入ってるんじゃないかなと思うんですが、その状態でも歌の体力、安定度にかけては三人衆の中でも特に群を抜いています。小林さんと並んでちょっとすごくてビビりました。
でもなぁ〜!適度な粗さがキャラクター性に繋がる中でこういうのですごすぎると逆に目立たないんだよなぁ〜!!!でもしっかりマリーなんだよなぁ〜!!!!クリアボイスすぎて溶け込んでしまっていた初期の凛ちゃんを思い出します!
マリー特有のハイテンション芸と、その豪快な笑い声にどうしても目が行ってしまうんですが、二日目の最後の挨拶、夢の舞台に立てた喜びと、この先もマリーを背負っていく覚悟を涙一つ流さずきちんと語りきる彼女を見た時、この真面目な一面こそが彼女の本当の姿なのではないか、と思いました。
ちなみに僕はマリー推しです。
今を全力で走りきろうとするあの熱血ぶりが最高です。

・逢田梨香子さん(桜内梨子役)

そりゃあ最後になるよな。
演技もさることながら、三人衆に劣らぬ歌の持ち主という、千歌ちゃん、曜ちゃんの横で穏やかに咲きながら主張するべきところは主張する梨子ちゃんさながらの高アベレージぶりです。
Guilty Kissでも小林さん、鈴木さんを向こうに回して互角に渡り合う様は強烈のひとこと。

でも、やっぱり二日目のアレになっちゃうんですよね。

ごめんなさい、弾いてるのはわかったんだけど、まさかきちんと音まで拾ってるとは思いませんでした。
ピアノの蓋が閉じているのは、ピアノの外の音を中に入れずにピアノの音をマイクで拾うため。
最後の一音のタイミングが完全に逢田さんに委ねられていたので、最後のあの音のときだけミキサーのボリュームを上げてピアノの音を出してる、と思ってたんです。一日目終わったときは。

イントロのあそこまできちんとやってるなんてこれっぽっちも思わなかった。

なんでって?リスクが高すぎるんですよ。
『想いよひとつになれ』は、バックと千歌ちゃんのソロから始まります。けれど、千歌ちゃんが歌い終わった後、ピアノはたった一人になるんです。あそことラストがあの曲のピアノを演奏する上で一番やばい箇所なんです。
速いテンポで取ってもたったの四小節。それでもその間、生ピアノはたった一人で、横アリのあのステージ最上段にたった一人で放り出されることになるんです。
けれど、テンポはカラオケに必ず合わせなければなりません。なのでメンバーのイヤモニからは、曲と同時に鳴るメトロノームの音が流れていると思います。その音以外何も頼れるものがない状況で、本職でない人にピアノを生で弾かせる、というのは無茶にもほどがあるし、そんなことをしているなんてこれっぽっちも思いませんでした。
これは一般的に「同期」ってスラングみたいなので言われるやりかたなんですけど、こちらをうかがってバンドのほかのメンバーが入ってくれるより数段上の冷静さと練度を必要とすると個人的には思ってます。
ところがやっていたんですよ。これまで鍵盤を触ったこともない、楽譜も読めなかった人が、たった三ヶ月の練習で。

二日目、音が途切れた瞬間、普通に音響トラブルだと思いました。けれどあの空白が、「弾けなかった空白」なのだとわかった時、思わず「マジかよ」と口に出していました。正直、「いくらなんでも普通そこをやらせるか?」と考えなかったわけでもない。自分から志願したらしいですけど……。
震える声と、怯えるような視線で繰り返されるごめん、という声。
駆け寄ったメンバーの一人が言った「大丈夫。もう一度やろう」の声。
おうそうだ。何度でもやればいい。俺は何回でも付き合ってやる。弾きおおせるまで、絶対にこの席を離れないぞ。そう思いました。

でも。
もし楽器演奏でなんらかの本番を経験したことのある方、特に鍵盤弾きの方、逢田さんと同じ状況に放り込まれて、もう一度ミスなく弾きおおせる自信、ありますか?
バンドでやってる曲のキメを間違えたとかじゃないんですよ。曲中、自分ひとりだけになって同期できちんとキープしなければいけない、それだけ誤魔化しさえ効きにくい、そんな場所で音を間違えたならともかく、弾けなくて止まってしまい、曲さえも進行さえも止まる、そこにメンバー達が励ましに来たとしても、もう一度挑戦して弾きとおすことができますか?

はっきり言って僕は無理です。
何より、もうフレーズが信じられなくなると思う。
弾くべきフレーズと指がゲシュタルト崩壊して何もわからなくなってしまうでしょう。
一番最悪なのは、どこをどうミスったのか覚えていたとき。
この場合は一番最悪で、きちんと覚えていたフレーズが、ミスをしたフレーズで塗り替えられます。それはもう「呪い」と言っても差し支えないもので、瞬間的に染み付いたが最後、何回弾いてもおなじことをしてしまうということさえ有り得ます。

熟練の鍵盤弾きでも全てを折られかねないあの状況で、歯を食いしばってもう一度立ち上がり、最後まで弾きとおすということは、熟練の鍵盤弾きでも持っていないかもしれない心の強さを資質として持っているということです。
そういう意味では、ある意味梨子ちゃんを超えてしまったかもしれない……。
もちろん心の強さだけで弾けるほど甘いものでもありません。きっと三ヶ月、ものすごい練習量で体に染み込ませたんだろうな……だからこそ、もう一度体の中から出てきてくれたんだろうな……と感じ入ってしまいました。
この失敗からの復活劇をもってして感動につなげられることは、逢田さんにとっては不本意でしかないと思いますが、僕はこの復活劇にあった心の強さ、その一点を以って、この人を一人の鍵盤弾きとして尊敬します。
そして、仕事だけでの付き合いではなく、ピアノがこの先も良き友人となってくれることを心から願っています。
posted by Die棟梁 at 23:33| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする