2015年07月07日

ラブライブ! The School Idol Movieを三回見てきたよ【ネタバレ注意】

三回見たので、ここらで一度きちんと、自分の中でこの映画がどういう映画かまとめておこうと思う。
率直に言うと、見れば見るほどμ'sかわいいでは済まされないし、結構きっついメッセージが入ってるなと感じる。しかも個人的にはかなり刺さる部分もあったりして、感動という言葉ではまとめられない寂しさめいたものもある、というのが感想だ。




・その日、世界は意味を持った

ラブライブ!は、本来学校を廃校から救うべくアイドル活動を通じて奮闘する9人の少女の、9人だけの世界のストーリーだった。「ラブライブ」はあくまでそのプロジェクトの総合名称で、ストーリーの中で意味を持つ語句としては扱われてこなかったのだ。
だがテレビアニメ第一期で、「ラブライブ」がスクールアイドルの祭典として初めて定義される。そこを駆け上がることが、廃校を回避できる可能性のある、9人の広報手段となったのだ。
穂乃果は走る。突然広がった世界の中で彼女の周りには一人、また一人とメンバーが集っていき、やがて9人となった彼女たちは見事廃校を阻止し、さらに9人で輝ける最高の場所、ラブライブの頂点に立つ。
そして、三年生が卒業を迎え、アニメ「ラブライブ!」の世界は美しく終わった。
……はずだった。


・そして、世界は意思を持った

全てが終わる直前に、花陽の元に飛び込んだ知らせ。
ラブライブの次回決勝が、観客収容人数が前回の10倍以上のドームで行われる可能性。
そして時を同じくして理事長から伝えられる、観客動員のためにスクールアイドルの火付け役になって欲しいという目的で、μ'sにオファーが来たという知らせ。
それまで、大会名とそのシステムでしかなかったアニメ劇中の「ラブライブ」が、初めて自ら意思を持ってμ'sに働きかけてきたのだ。二期5話のファッションショーは多分デザイン学校からの直接の依頼のようだし、ひょっとしたらハロウィンイベントはラブライブ絡みかもしれないが、ラブライブ側が明確に、自分たちに寄与させる目的を明かしてμ'sに接触してきたのはこれが初めてになる。
自分たちが頼みにしたラブライブの力になるならと、彼女たちは依頼を承諾する。そしてハラハラドキドキのNY卒業旅行(ライブ付き)が始まるのだが、このとき一人だけ、変貌し始めた世界に戸惑う人間がいる。花陽である。NYの旅行を楽しみながらも、花陽はホテルの暗い部屋からネオンに輝く街を眺め、「遠く」に来てしまった不安を親友に吐露するのだ。而してその不安は現実のものとなる。


・世界の意思、それは世界のリアル

帰国した彼女たちを待っていたのは、驚くべき事態だった。
空港ではすでにNYのライブ映像が流れ、秋葉原のビルの外壁は一面μ's、街には彼女たちのポスターと曲が溢れ、外を歩けば人だかりができる。さらに追い打ちをかけるのが、理事長を通して伝えられる、「μ'sを続けてほしいとみんなが思っている」という圧倒的な重圧。一介の女子高生には、あまりにも重過ぎる光景の数々。
ラブライブを通して自身の夢を実現してきたμ's。
そのμ'sを、今度はラブライブそのものが、自身のこれからのために使おうとしているのだ。
三年生の卒業を以って活動を終了するという彼女たち9人の秘めた意思は、あまりにも強烈な力で翻弄されることになる。
シーンだけみればこの展開はあまりにも急激に過ぎるように見えるが、NYライブも含め一連の出来事すべてが、ラブライブ側の仕掛けとしか考えられない表現が劇中随所にちりばめられている。
NYライブはそもそも海外メディアによるスクールアイドルの取材依頼だが、その話をスクールアイドルシーンの牽引目的でμ'sのもとに持ち込んだのは当のラブライブである。卒業前のシーズンに時期がぴたりと合うこと、取材であるにも関わらず当の海外メディアが日本に来ないことを考えると、宣伝プランを考えたうえで、大会優勝者へのオファーとして事前に用意されていた可能性が高い。μ'sが断れば、前大会優勝者A-RISEに話を振ればいいだけだ。
また、μ's帰国後に秋葉原を埋め尽くす、「映像以外の」宣伝塗装やポスターは、すべてが今大会アンコール時の「僕らは今の中で」の衣装のものであることから、それらを用意するためにある程度の期間を取り、事前に備えていた、ということになる(断られたら全部無駄なので非常識ではある)。
また、秋葉原のみならず空港のビジョンにまでNYライブの様子(しかも編集済み)は映し出されている。
少なくとも、大会の収容人数を一気に10倍以上にし、こういうプロモーションが可能な連中が、この時点でラブライブ側にいる、ということだ。
μ'sの活動終了の意思を知る者は、メンバー以外では対外的にはほぼ存在しない。外から見れば未画定に見える三年生卒業後のμ'sの動向、並びにスクールアイドルの中には卒業後も「スクールアイドルではなく」活動を続ける者も存在する、という事実。
この二つのことを受けて、ラブライブ側のプロモーションは、「μ'sをレールから降ろさない、活動を継続させる」ためのプレッシャーとして作用していくことになる。
そしてそれらは確かに劇中のファンによるムーブメントを起こし、μ'sの周囲の人々をも巻き込んで膨れ上がっていく。ことりの母親に「みんなが続けて欲しいと思っている」と言わせた「みんな」もどこかにいるし、校内においてμ'sの最大の理解者であったひふみトリオでさえ、周囲の圧倒的な要望により穂乃果に次のライブをおねだりする状況になってしまう。
興行をおこなう者が多大な資金と労力を費やし、ファン心理を燃え上がらせ雰囲気を作っていく。これは我々の生きる現実ではありふれたことだが、そういったことは通常こういう劇中では歓迎されにくいものであるし、描写せずに物語が成立しているのならば、描写しないことを責められる道理もない。
だが、アニメ「ラブライブ!」においてμ'sを包んでいたはずの世界の美しさは、いつの間にか、その世界の「大人の事情」をも描写された「リアル」に変貌していたのである。


・壊れていく境界線、膨張する世界の中で

これが最後、と決めたμ'sのライブをもう一度要求され、さらに今度こそ最後にと決めた意志に、圧倒的な重圧を叩きつけられた穂乃果は、メンバーとともに中庭の木陰で立ち尽くしてしまう。
NYでのいくつかのシーンでも、最後と決めたことをいつの間にか継続させられている状況に、漠然とではあるが疑問を感じている表情が見られた。
そこまでする義理はない、と自分のペースをしっかり保持する真姫、全体を見てつい自分を抑え込む方向を見てしまう絵里、自身はドームに期待を膨らませながらも、9人での決意を何よりも大切にしたいにこ、自分たちの決断でドーム進出そのものが消えることを恐れてしまう凛と花陽。
9人の真ん中で答えが出せずにいる穂乃果の中には、「期待に応えられるのならば、応えたい」という思いがあった。その穂乃果に、目標であり、盟友であり、ライバルであったA-RISEの綺羅ツバサは、A-RISEが卒業後もプロ転向して活動を続けることを告げ、μ'sにも盟友として一緒に続けて欲しいという思いを告げる。そしてもう一言、「決めるのはあなたの自由」だと。
そう、どんな決断も決めるのは自分自身だし、どんな選択肢をとるのも最終的には自由だ。だが、周りがそれをすんなりとやらせてくれるとは限らない。事実、そういった現実の空気にμ'sは取り巻かれているのだから。
自分たちが歌う理由、妹たちが自分たちから感じた「楽しさ」、周囲からの期待、それらが心の中に渦を巻く中、穂乃果の前に現れたのは、一人の女性シンガーだった。


・その現実は、光り輝いているか?

この劇中で二度穂乃果の前に現れる女性シンガーは、追い詰められた穂乃果に道を指し示すキーパーソンであるが、登場シーンの象徴性も相まってその存在の具体性が一切うかがえない状態となっている。瞳の色、髪の跳ね方、しゃべり方、色違いの傘、その存在全てがひとつの可能性を導き出しそうではあるが、悲しいかなそれらは全て仮定の域を出ることはない。
なので、登場した彼女の状態をもって、彼女がどんな人物なのかを探ってみようと思う。

・昔、複数人で、何らかの歌う活動をしていた
・仲間たちとの活動は、何らかの事情で終了した
・現在はNYの路上で、マイクスタンドとアンプを持って歩いて歌っている

活動していた過去、英語習得の度合いからしておそらく年齢的に25くらい、もしくはもう少し若いと思われるが、一度音楽的なキャリアに一区切り付けた状態で、仲間と別れたった一人外国の路上で歌っているという彼女の状況は、残念ながら客観的に見てボーカリストとして成功しているとは言いがたい状況だ。
また、「何が起きてるのか良くわからなくて、次のステップになるかなーとか思ったりもしたけど」という台詞や「自分の本当の思いに立ち戻れば、決めるのは簡単だった」のあたりから、

・仲間との活動中、自分たちを取り巻く状況をよく認識できないような時に、重大な決断を迫られたことがある

こともうかがえ、この点は劇中で帰国後μ'sを取り巻く状況と似ているとも言える。
ともかく彼女は仲間と別れ、その後も歌でこの現実の中を渡っていくと決めた人間である。そんな彼女にとってマイクというのはれっきとした商売道具であり、必ずしも結果が伴っているとは言いがたい現実の象徴とも言える物だ。NYでその現実の象徴を穂乃果に預けたまま、彼女は忽然と姿を消してしまう。
突然ではあるが、ここで、アニメ第一期4話を思い出して欲しい。偶然穂むらを訪れ邸内へ招かれた花陽に、ことりが「プロのアイドルなら私たちは失格!でもスクールアイドルなら…」と声をかけるシーンがあったはずだ。今さら信じ難いことだが、アニメのラブライブ!の世界において、スクールアイドルは一般的にはプロに到底及ばないのである。
先ほど件の女性シンガーを、現状ボーカリストとして好ましい結果が出せていない状態である、とした。だが、現実に恐らく彼女のようなボーカリストは掃いて捨てるほどいる。μ'sが卒業した三年生を擁し、スクールアイドルを超えて活動するということは、一般的なアイドルとして活動することを意味しているし、それは、女性シンガーのような道をたどるかもしれない現実の中へ歩み始めるということなのだ。
穂乃果と一緒の車中で「何かをやりとげて、そしてすべてを終えるのはとても美しい」と言うあんじゅのあとにツバサは「それでも」と続けた。活動を続けるということは、その美しさを捨てて現実を進むことだと、A-RISEはわかっている。
そして今、μ'sを必要とする全ての者が、μ'sをその現実の中へ誘おうとしている。


・飛び越えた先の、白紙の未来

雨の秋葉原の路上で立ち尽くし叫びを上げる穂乃果の前に、件の女性シンガーはもう一度現れる。自宅へ招き入れる穂乃果の誘いを固辞した彼女は、突如として現れた、花に囲まれた象徴的な池のほとりで、穂乃果にそこを飛び越えるように促すのだ。
飛ぶ、というのは象徴的な行為だ。ともすればステップアップや飛び上がって上を目指すような行為にとられがちだが、今回はそういった「上」への指向性よりも、「向こう側」への指向性が上回っている。冒頭、幼少時の穂乃果が水たまりを飛び越えようとするシーンとリンクしているため池が用いられているが、飛ぶことの意味合いからすれば、「川」ととらえたほうがわかりやすいかもしれない。とにかく重要なのは、対岸へ飛ぶ、ということだ。
決意を決めて坂道を駆け下り踏み切った穂乃果を、女性シンガーは一切手助けしない。手を引くこともない、一緒に飛ぶこともない。ただ飛び越していく穂乃果を、横で微笑みながら見送るだけである。それはきっと、女性シンガーが立つ歌とともに生きる現実の地平が、穂乃果が飛び越して到達した「向こう側」とは根本的に違うことの証左だろう。
穂乃果が下した決断は、μ'sの活動を予定通り終了する代わりに、スクールアイドルを集めて秋葉原をジャックし、スクールアイドルの認知度を大きく広げることだった。大きな置き土産を残す代わりに、定義され膨張していく世界から自分たちに伸ばされた、現実という名の鎖をすべて引きちぎって飛ぶことを選んだのだ。
女子高生アマチュアアイドルたちが主体となって巨大な手作りライブを街ひとつ使って開催するともなれば、それはスクールアイドルの祭典たるラブライブの趣旨にもこれ以上ないほど合致するし、シーンの牽引役としてラブライブ自ら指名したμ'sからの提案となれば、ラブライブ側もこれをサポートしない道理はないだろう。
Sunny day Songの衣装に身を包んだ参加者たちの前で、穂乃果は高らかに叫ぶ。
「どんな夢だって叶えられる!」
穂乃果が全てを断ち切って飛び越えた先にあるのは、こうと決めた道の先にあるかどうかわからない栄光ではなく、どんな道にでも進むことのできる、白紙のようにまっさらな、彼女たち一人一人の未来なのだ。

余人の介入を許さない静寂。その中で行われたμ's最後のライブ。
そこで彼女たちは花弁の上で一つの光となり、現実からのいかなる鎖も届かず、私たちが知り得ない、彼女たちそれぞれの未来へと還って行った。
最後に舞い落ちてきた羽根を受け止める者は、もう、誰もいない。


・ひとつの世界が消えて、それでも

μ'sにとってスクールアイドルは、当初は「手段」であり「目的」ではなかった(にこを除く)。
その目的が一期で達成され、二期の目的は9人で輝くことに変わった。
変わった目的に「卒業」という一旦の強制エンドマークがあり、しかしその延長にさらに9人で輝ける場所がある……。
一見輝かしい未来に手を伸ばすように見えるが、そこへ至る道が必ずしも美しいものではなく、栄光が保障されていないことを示し、無数の選択肢に満ちた白紙の未来を輝かしいものとして、それを主人公が選択する。
私はこの劇場版でのアニメシリーズ完結をそう解釈した。
9人だけの世界が意味を持ち、意思を持ち、本来あった世界の形と境界線を越えて、μ'sを侵食し始めたのが今劇場版のストーリーの発端だった。劇中でμ'sを岐路に立たせた重圧。それはファンの思いであり、後進たちの憧れであり、ラブライブという大会に絡む「大人の事情」でもある。だが、それは劇中だけのものなのだろうか?
TVの画面、スクリーン、そういった境界さえ曖昧にして、こちら側から伝わる「何か」さえ、あの世界を浸食していたのではないか?

それらに薄々感づきながらも、僕はなお、μ'Sを見たいと思っている。
posted by Die棟梁 at 01:03| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする